寿岳会2年分(及び田中羊一の新作について)

 あれから数ヵ月後、日本が大騒ぎになっている真っ最中の2011年3月17日に無事以下に登場する今井翔一に娘が生まれたので、強運の持ち主であるその子の誕生を祝うためにもまだ父としての自覚すら定まってなかった男から「子どもが出来た」と知らされたこの日のことを闇に葬ることはできなくなった。

 もうはるか前な気がするので忘れかけてきたけどこの会合が開かれたのは2010年12月28日のことである。その年末が明けて年始に原始の「自然の恐ろしい力」への畏怖と幼児期の寄る辺なさの感情とがパラレルになっていてそこで「神=父」として擬人化される集団神経症によって宗教や文化が生まれる……という説のフロイトの『幻想の未来/文化への不満』や、あの世紀の奇書、宇宙的意志に導かれて元原発技師が首都の核テロを企てるSFアクション……と狂気のビジョンが憑依する宗教的幻想詩篇の伝統……になおかつ「戦後草野球の黄金時代」な昭和の原風景が合体した大江健三郎ピンチランナー調書』を読んでいた時はまさかこんなことになるとはまったく予想もしなかった。


 今日はとあるマンガ好きの映画系カメラマンが主宰の寿岳会が一年置きに開催される日なので新宿へ。



 馬に投資した製作費で稼いで映画を撮る男こと田中羊一が競馬を語る。「四本足の畜生が目の前をパーッて走ってるのを見てるだけでお金が増えるんだよ?……でも「但し、減ることもあります」って一番最後の行にちっちゃく書いてある。」今時競馬エッセーが書ける映像作家は田中羊一だけ!
 明治維新の時にイギリス人が日本に「近代」を持ち込むために建てたのがホテルと競馬場だった、とはこの前古井由吉の『人生の色気』で読んだ。横浜市中区の高級住宅地の高台には今でもその発祥である根岸競馬場跡地がある。




 女子供の文化に怒りをぶつける小動物系映画監督田中羊一。相対性理論第6のメンバーこと奇才で粋人・Y倉氏からは十代から愛読しているという綾辻行人十角館の殺人』とかチェスタトンとか久生十蘭とかのどこが面白いのかを聞いた。







 某大手某社から脱サラして今から俳優になりてえんだ!という第二の人生を激白した今井翔一。第一子が生まれたお祝いに娘の名前を付けさせろ、とメールしたらあえなく却下された。


 ずっと書く書くと言っていて今の今まで引き延ばしていた、2010年のCO2inTOKYOで観た田中羊一監督の「CJシリーズ」3作目『CJシンプソンはきっとうまくやる』 は、もはや田中節といっていい偏執的にこだわり抜いたバロックな細部の芳香の妙味が、無駄に報われない洒脱さが頂点に達していて、三部作が完結するのにふさわしい完成度だと思った(しかも撮影技術も明らかにどんどん上手くなってるし)。
 けれども、徹底して実人生のポジティブな行動にコミットするような物語にはしないっていう、江藤淳が『作家は行動する』で小林秀雄に対して言う所の非行動で非意味で非生産的なポエジーに淫しているという批判のような、より正確にいえば後期古谷実の漫画とも通じる悶々としたガンジー的戦闘的無抵抗のモラトリアム思考でグルグル悩んだ結果としてそうなってしまうのだと思われるが、ちなみに不肖の私が映画祭のパンフに書いた監督・田中羊一についての文ではベンヤミンカフカ論を参照しているのだが、この「マイナー文学」ならぬ「マイナー映画」ともいえるジャンクな美学の「イメージの瓦礫」が原因で世の中=大人をなめくさってるって竹を割ったようなマテリアリズム派の(例の轍文を書いた)この映画が出品されたコンペの審査委員長でもある大友良英さんはおそらくカチンときたんだと思いますが、劇中音楽に関してもビヨヨヨーンっていう間の抜けたシンセの不協和音の使い方とかも、でもそこは田中羊一の作風の核心だからなあ……。上映後のゲストで喋ってた初期の冨永昌敬的な脱臼したモンタージュの実験(どこまでやったら映画と物語の底が抜けるのか)は、実際見てわかってもらえなかったらどうしようもない(持続と切断の強度の問題なので説明するのも野暮)という困難が一方であるのだろう。そのフェイクに少なからず「常識的な大人」へも訴えるリアルさを導入するには、第一作みたいに自作自演の主人公を再導入してみるのはいいんじゃなかろうか、と勝手な感想で思った。その『そっけないCJ』は完璧にデタラメな大嘘なのに、そこで苦しまぎれに監督本人が主演っていうのが奇跡のバランスだったんじゃないかと(その容貌を買われて?富永監督の短編に出演者として抜擢されたらしいのは大分後で知った)。何というか、やくしまるえつこのいない相対性理論になってしまうっていうか……。
 いずれにせよ、CJシリーズ後の羊一氏の映画が、次作でどんな境地に辿り着くのかまったく想像できず、楽しみである。

 そのCO2のパンフに書いた『監督・田中羊一氏について』はここにある。

http://yamemashita.blogspot.jp/2012/05/blog-post.html


 あとついでに、2011年末の寿岳会はこんな感じでした。






(完)。